株式会社 勉強堂 代表取締役社長  與田守孝 さん

春らんまんの陽気で、福岡では、サクラも満開。さて、企業も新年度がスタートし、やる気アップの季節です。

そんな4月に相応しく南国“宮崎”から。株式会社 勉強堂の代表取締役社長『與田守孝』さん、ご登場です。お客様に愛され、7月には新店舗が開店予定で、お仕事も勢いが止まらないほど順調です。

そして、南米を得意とした“アルピニスト”でもいらっしゃいます。今回は、特に“南米ペルーの山の写真”をお願いいたしました。登るのは、体力気力で命がけの山々ですが、写真からはなんと爽やかな透明感のある山の空気が流れてくるのでしょう。魅惑の山々をしばしお楽しみくださいませ。

プロフィール

與田守孝 1952年 3月6日生まれ
出身地 宮崎県 宮崎市
株式会社 勉強堂 代表取締役

【勉強堂】http://www.pura-vida.jp/
PURA VIDAプーラビータは、会員様7万人突破。
あなたの暮らしの中のワクワク感をご提案♪
「雑貨・コスメ・ギフト販売」が3店舗(7月には、新店舗開店予定)。
霧島店
プラスプラス店
パティーナ店
PURA VIDAプーラビータは、生パスタ、自慢の石釜で焼くピザ生のイタリアンレストラン“コメメルカード” が1店舗。

創業~母の店

私の会社の創業は母が家計の助けにと昭和32年に作りました。その頃家には父の両親と父の兄弟3人、それに5歳の私と三歳の弟の計9人の大所帯で、とても父の稼ぎでは食べていけなかったのです。母特有のがんばりと 商才もあったのでしょう、母の店は宮崎では有名な婦人靴専門店となりました。

会社の創業~起業 失敗から成長へ

当然ですが母の店ですので、私が別に店を作り、するもことごとく失敗、それではとやり方を変えてもやはり駄目でした。そんな時ちょうどデベロッパーから2階が空いたので入らないかと打診がありました、しかし2階で靴の販売はだめに決まってます、でも惜しい(そのころ30年前は一等地でしたから)そのころ店舗の店装で付き合いのある方から、ある靴店の2階で雑貨店をやっていて売上も良いと聞きました。さっそく紹介してもらって2階25坪で化粧品、と生活雑貨でスタート。

その頃珍しかったのか、他にあんまりなかったのかで売れゆきはよく特に化粧品は好調で1階の婦人靴をやめてすべてを化粧品に、2階を生活雑貨にして50坪のお店として生まれ変わりました。日本人事経営研究室とのお付き合いは、8年になります ちょうど町の中心商店街に人が集まらなくなり、どこの地方もそうですが郊外型大型ショッピングセンターにお客様が移りつつあるあの微妙なころです。そのころ私はお客さまにもっと沢山の品揃えとゆっくり買い物できる大型の単独郊外の店舗を考えていました。

日本人事経営研究室の山元さんとの出会い

そして、日本人事経営研究室の山元さんとの出会いです 私の店づくりと山元さんの人づくり、で今の会社があるといっても過言ではありません 振り返りますと私は幸運に恵まれていると思います。もし親が商売をしていなかったら、そして雑貨店をやらなかったら、日本人事経営研究室の山元さんに出会えなかったら、そしてなによりも社員の支えと頑張りがなかったら・・・などなど。

これからの勉強堂・プーラビータ

これからもみなさまに感謝と謙虚な心 「快く、楽しく、温かみのあるライフスタイルの提案。」を旨として従業員ともどもこの仕事に励みたいと思います。

山登りに魅せられて

「冒険の蟲たち―登った!漕いだ!走った!アメリカ大陸5万キロ 」 白山書房

<大学時代1年かけて、アメリカを縦断!その破天荒な山の体験の著書>を
2009年に出版!

溝渕 三郎(著)長篠 哲生(著)與田 守孝(著)

「JECC南北アメリカ縦断登山チーム」のプロフィールより

與田守孝

往年の名クライマーで、谷川岳一ノ倉沢第3スラブ冬季第2登、明星山P南壁右フェースルート冬季初登などの記録をもつ。現在も毎年アンデスやヨーロッパアルプスを登る。
アンデス奥地で「ビルカバンバに幻のインカの都を探す旅」を毎年のように実施する。
・・・(略)・・・・この本の発案者。

今井通子さんが著書の帯に、メッセージを書いてくれました

日本中、悲観的な気分蔓延の今日この頃、私の後輩のおじさんたちが若者だったころの熱い大冒険を綴っています。強靭な意志を持ち、無謀とも思える楽天的な記録は、ヨセミテでクマに遭おうがアマゾン川でイカダが岩に挟まれようが、ケロリとして生き抜いています。蘇れ、このプラス思考!

アルピニスト 青春~現在

今の趣味は温泉観光登山と旅です。

霧島韓国岳の下にある池 友人と。あんまり知られていないが静かなところです

しかし、そんな私も若かりしころは、それこそ死に物狂いで山に登っていました。登るということこそが神聖で価値があり立派な行為であると信じてまた実践もしていたのです。その頃私の時代(60年代―80年代)の登山者は求道的でストイックでしたから。 初登の時代は終わり 登頂に至るルートはより困難なバリエーションルート、スタイルは単独で冬季登攀とか冒険や記録が最も高い価値でした。その頃の私もごたぶんにもれず自分ではその一翼をになっていると本当に信じていました。いまから考えれば暴走族となんら変わりがありません。

 しかし、そんなことを一生懸命やってそのことを拠りどころとし 支えとしたことが今の自分の人生になんらかの+になっていると信じています。

今は体力、気力もなく楽に流され、酒と温泉と山旅です 得がたい友、昔の仲間と飲む酒と旅はいいです。

▲ペルー ワイワッシュ山群 トレッキング
後方の山は ヒリシャンカ(ハチドリのくちばし)
過去に北九州の門司山岳会がアタックしています


▲ペルー ワラス
道端で雑貨を売るインディオのおばさん▲ペルー ベースキャンプに突然現れた馬に乗った農夫
手編みのセーターが素敵です▲ペルー インカの遺跡を目指して
後方の山はサルカンタイ▲ペルー ワイワッシュ山群 トレッキング
後方の山左 イエルパハー(アンデスの白い鷹)
後方の山右 エル・トロ 1979年夏登頂しました。

白石から與田社長へ

社長との出会いは、上記の出会いのキーポイント!日本人事経営研究室の山元浩二社長の「小さな会社は人事評価制度で人を育てなさい!」の出版パーティーです。與田社長のお祝いのスピーチで“生ハム事件”と“ペルーの山行き”のお話がとてもインパクトがありました。

その後、ひとリンクにもご登場くださった日本人事経営研究室の池尻昌平人事コンサルタントのご紹介で、1年半前から、毎月、「リーダー研修」と「若手接遇マナー研修」で、勉強堂様にお伺いさせていただいております。スタッフたちは、本当に優しい!素直力、実行力が他社との違いです。商品知識もお勉強一生懸命。ラッピングのおしゃれさ&スピードもバツグン。活き活き満面の笑顔で、お客様をお迎えしています。

何より、與田社長の表裏のない実直さのお人柄が、“人と幸運”を引き寄せていると、しみじみ感じています。

山登りの手ほどき楽しみに致しております。ビギナーレベルですが、よろしくお願いいたします。

著書にサインいただきました!嬉しいです。

~山も人生であり、友も人生です。私にとって 友と山はかけがえのないものです~