オムロン直方株式会社 代表取締役社長 竹林 一さん

2011年1月。新春を飾る今月のひとリンクは、豪華版です。“エンジニア”で、現在、オムロン直方株式会社の代表取締役社長を勤めていらっしゃいます「竹林一(はじめ)さん」です。公私共に、型にはまらないチャレンジャー。たっぷり魅力的な竹林ワールドを、ワクワク味わってください。まさに、1年のスタートに相応しい。“やる気アップ”の魔法にかかります!

1. 竹林 一 プロフィール

出身は京都。“西陣織”で有名な織物の町で生まれる。デザインの道を目指していましたが、ひょんなことから大学では情報心理学を専攻。コンピュータを活用したカウンセリングや人の“やる気”の研究を行ってきました。そして“機械に出来ることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである”との理念に感動して立石電機(現オムロン)に入社。仕事の原点は“人のやる気”を基本に“関東のパスネットシステム”に代表される何千人月という超大型プロジェクトのマネージメント、新規事業の開発、事業構造改革の推進等に取り組んできました。

その後、経営者としてオムロンソフトウェア㈱の代表取締役社長、2009年よりオムロン直方㈱の代表取締役社長を勤めています。また、政府の各種諮問委員、プロジェクトマネージメント、モチベーションマネージメント、ビジネスモデルマーケティングなどの講演、執筆などを通じて“日本の製造業”、“日本のエンジニア”を元気にする活動を展開中。趣味は街歩き。東京徒歩制覇、東京~京都徒歩制覇に続き、現在九州各地の街を散策中です。

2. 白石明子さんとの出会い

まずはひとリンクさせていただいた白石明子さんとの出会いからお話しします。東京で新規事業を立ち上げていた2002~2003年頃だったと思います。新規事業の一番の難しさは何をやるのかを考えること。いつまでに何をするか決まった仕事はどうやればいいかHOWが中心になります。新規事業はWHATの世界。自分自身でも何をするのかわからない状況なので多くの方の意見を聴く必要があります。私もそうでしたが、だいだい組織のトップって話を聞かない方が多いんですよね。これをやるぞと指示、命令だけするわけです。しかし、そもそも何をするのかから考えないといけないとなると方向性は示しますが、あとはみんなに考えさせて、みんなが考えていることを率直に聴く姿勢が重要になってきます。これがなかなか出来ないのです。

ちょうど部下の一人がコーチングを学んでいると聞き、興味津々でまずは体験してみました。その後約1年コーチングを学ぶ中で部下自身に考えさせる、彼らの声を聴くことの大切さを学びました。このコーチング研修で最高の笑顔とバイタリティを持った白石明子さんに出会ったのです。なんと九州から参加しているとのこと。飛行機でわざわざ東京まで・・とびっくりでした。今までに出会ったことのない素晴らしい笑顔と聡明な頭脳、そして野性的な感覚(これ褒めてるんですよ)と気遣の心。いまも同じですが人を惹きつけるオーラがありましたね。そして2人とも無事、同期でコーチング研修を卒業。

その後何年かまったく違う道を歩いていましたが、またまた縁が繋がる。なんと2009年4月に私のほうが福岡県に来ることが決まりました。まず一番に明子さんへ連絡を入れ、那珂川が氾濫しそうになった大雨の日に再会しました。以後多くの素敵な方々をご紹介いただき、一緒に河豚、鮎、鱧、牡蠣を食べ歩いたり、仕事では、次を担う若手人材の育成、経営者の為のコミュニケーション研修など組織活性化の風土作りを手伝っていただいてます。明子さんのおかげで公私ともども最高の九州LIFEですね。

3. 夢は叶う

では、早速ですがまず“夢は叶う”という話をさせていただきたいと思います。私自身の夢は“世の中にない新たな社会システムを創ること”そして“私と関わるすべての人を元気にすること”です。

数年前、引越の為整理していた机の中から入社したてのころに書き綴ったノートが見つかりました。将来こんな仕事をしたい、こうなりたい、その為には何時までに何をして・・・と書かれていました。きっと研修か自己実現の本を見て書いたものなのでしょう。まったく忘れていましたが、眺めていると多少時間のギャップはあるものの書かれていたことはすべて実現していました。ちょうどノートを見つけたと同じ時期から、毎年元旦に、“やりたいこと100連発”と称して、その年に心からやりたいことを100個書き上げています。決して“やらねばならないこと”ではないところがみそだと思います。そしてそれ自身も、実は翌日から忘れてしまっているのですが年末に眺めてみると、ほぼやりたかったことの8割近くは叶っています。あとの部分は状況が変わったり、また翌年のやりたいことリストにあがったり。決して歯を食いしばって努力しながら、でないところが面白いです。

心が動けば、すぐにやってみる。だめならやり方を変えてみる。楽しくやっていると共感してくれる人や助けてくれる人が現れます。その出会い=縁が道となり夢に繋がっていくといった感じだと思います。そして“やりたいこと100連発”とともに、先日、死ぬまでにやってみたいことを書き上げてみました。きっとそれも、しばらくすると忘れてしまうことでしょう。10年後、20年後、30年後、書き上げた夢が叶っているかどうか?とても楽しみです。 

4. 東海道中膝栗毛(東京から京都まで歩いて何日?)

心が動けばやってみる。これは仕事もプライベートも同じです。いくら考えていても、また凄い事を考えついたとしても、一歩を踏み出さなければ何も変わりません。

東京で新規事業を立ち上げている時のことです。オムロンには管理職になってから6年目に最長3ヶ月の休みがとれるリフレッシュ休暇という制度があります。新規事業を次々と立ち上げている時期でもあり、6年目、7年目、8年目と休暇を先延ばしにしていました。9年目に長期休暇はいらないのか?との連絡が入りました。時間と情報に追われるスピーディな毎日、ふとスローな生活が懐かしくなりました。今までの人生を考えるいい時期ではと、心にまかせ、思い切って休暇をとることにしました。とは言っても休暇途中に、「また新しい事業を立ち上げるのでもう休みはええやろ」と当時のトップから電話が入り結局、休暇途中で仕事に復帰するのですが。

そして休むとなると“やんちゃ心”(関西弁:好奇心が旺盛でいたずら好き)に火がつき、東京の自宅から、大津の自宅(京都の1つ前の宿場)まで歩いて帰ったら何日かかるのかなあ?と考えた瞬間、駅前のスポーツ店に飛び込み大き目のリュックと梅雨用のシューズ(屋久島登山用というのが売ってあるのです)を買い、嫁さんに「休暇とれたので今から歩いて帰る」と電話したまま、無謀にも京都に向かって歩きはじめていました。計画はなし。夜、嫁さんから「何時に帰ってくるの」と電話があり、「まだ東京や」と言ったら電話を切られてしまいました。ここから現在版東海道中膝栗毛がはじまります。実は足には若干の自信がありました。東京都内を3年半かけ歩きつくしていたからです。1日20km、いや30kmはいける!1日40Km近く歩いたこともありました。文献を調べると、昔の男性が1日10里(約39Km)、日本橋から京都三条まで東海道五十三次、492Kmの標準工程は12泊13日だったとか。

自宅近くから歩きはじめ、藤沢、小田原とハイペース。楽勝と思いきや、人生そんなに甘くない。天下の嶮・箱根越え。駅伝を見ていても大変そうですが、箱根湯本から入っていく旧東海道はさらに急な坂道。足はつるは、途中から小雨が降りだし石段はすべるは、体はがたがた。昼前に頂上へ到着いっきに三島へ。その後、田子の浦(吉原)、江尻(静岡)、藤枝、そして大井川を渡り(なんと橋の向こう岸まで2Kmもあるのです。)掛川、浜松、吉田(豊橋)、岡崎、宮、四日市、関、土山、草津を経て大津へ到着。約450km、15泊16日の旅。とうてい昔の人にはかないません。

現在版東海道中膝栗毛詳細は別途の機会にお話しするとして、東海道を歩いてみて“はるか先へと道はつながっている”ということ“歩きださないとはるか先の目的地には着かない”という当たり前のことを体で感じました。スピードが求められる世の中ですが、是非一度少しでもいいですからスローな時間を過ごされてみてはいかがですか!まったく違う感覚が目覚めるかもしれません! 

5. 滝に打たれて考えたこと

休暇中にまたまた、やんちゃ心に火がつきます。滝に打たれたら気持ちいいか?
何故人は滝に打たれるのか?ふとそんなことを考えると、またまたいてもたってもいられなくなります。東京で経済産業省と総務省合同の情報家電委員会が立ち上がり、構成委員として参加している時でした。いまは本当に便利ですね。滝行もネットで検索です。ITの世界と滝行の世界のアンバランスが何故か不思議な感覚です。それはさておき、検索するとマラソンで有名な青梅の先、御岳山で滝行が出来るとか?早速、宿坊に連絡して、委員会が終わるやいなや御岳山まで一直線。

宿坊に泊まり、朝と夕方、滝に打たれます。男性はふんどし、女性は白装束。宮司さんとともに山道を滝まで30分くらい歩くとそこには10mからある滝があらわれます。梅雨の時期でもあり、雨がやんでいても水量は多く、また山からの水は大変冷たく身も凍るほどです。お祈りをしてから、宮司さんの指導により一人ずつ滝に打たれます。ところがこれが大変。気を抜くと流されますし、流されないようにがんばると肩に力が入り、水の力がもろ肩、腰にかかってきます。冷たいこともあって大変な行です。しかし、何度か繰り返し滝に打たれ続けている間に、宮司さんから、体の力を抜くようにと教えられます。そしてなんと自然と調和し体の力が抜けた瞬間、滝に流されることも、冷たさを感じることもなくなります。なんと滝と一体となり、滝が体の中を流れる感覚です。この時宮司さんが引っ張りあげてくれます。この滝行を通じて力をいれず自然とともにあることの大切さを学びました。

実はこの感覚は、仕事や社会生活にも役立つと思っています。お互いに自分の意見を主張しあう力と力の世界、勝ちと負け、作用と反作用など等、滝に対して流されないようにと力を入れてがんばっている姿勢の現われです。しかし、滝と一体になるという感覚は、例えばお客様との関係でも、安く値切られたから次回は何とか高く売ろうといった考え方ではなく、お客様と一体になってどうすればお客様が成功するのか、ともに考えるといった感覚です。まさにWin-Winの世界。日本の近江商人、三方よしの考え方に通じるものがありますね。その後もキャニオニングで滝つぼに飛び込んだり、カヌーをしたり。好奇心は衰えていません。今なお大自然から多くのことを学んでいます。

6. 会社、仕事への想い

最後に私の会社や仕事に対する想いをお話します。まず私の考える経営の基本は立石電機(現オムロン)の創業者立石一真氏の下記言葉に集約されます。“会社にとって利益は空気と同じ。空気がないと生きてはいけない。しかし、空気を吸う為に生きている人間はいない”。この言葉に出会った時、目から鱗が落ちる思いでした。気をつけないと、空気を吸うためだけに生きている会社になってします。利益を上げ続け、生きていくことはとても重要です。そしてさらに大切なことは生きている事の価値や目的。社会に貢献したり、社員の能力を伸ばしたり、お客様に喜んでいただいたり。我々は、お客様にとってなくてはならない会社、社員の目が輝く会社、特徴あるデジタルファクトリーとして“ものづくりというサービス”を提供する会社を目指しています。そのためにはお客様の視点に立ちお客様と一体となって考える人材、自らの成長や会社、仲間、社会に貢献することを喜びとする目の輝いた人材が必要です。

我々は自らの強みを活かした“ものづくりサービス”の提供を通じて、目の輝いた人材を育てていきます。お客様と共に歩む、目の輝いた社員のいる会社。我々の会社のみならず皆さんの会社も同じだと思います。会社をつくる一人一人が、ダイヤモンドのように、キラキラ輝いている会社。そんな会社にこそダイヤモンドと同じように高い価値が与えられるのです。今回のひとリンクが、みなさん一人一人が輝く為のヒントになれば幸いです。みなさんの更なる輝き、更なる成長に心から期待し、応援しています。ありがとうございました。

■ 白石より竹林さんへ

立石電機=オムロンの創業者の志をしっかり受け継いでいるんですね。。ミッション・軸は、情熱のパッション。しかし、心身は、しなやかな大らかさ。枠がない。竹林さん自身目が輝いていますもの。下記、ヒューコミ研:季節のたより9月号より~竹林さんが次を担う若手リーダー一人ひとりに熱く語りかけるシーンです。

社長が研修の前に、1時間【期待のメッセージ】を贈る。会社の方向性と10年後のビジョン=10年かけてのプロジェクト計画を指し示す。変革の風、起こそうではないか。

今日がその第一歩だ!

「マネジメント」を越えて「リーダーシップ」の意識を!リーダーたちへの期待を質問形式で一人ひとりに伝えた。直接社長自身の言葉で。会社一丸となっていこう。一人ひとりのリーダーの【意識と行動の変革】なくして、達成はありえない。さらに、リーダーたちの横の繋がり連携が重要である。

社長は、10年後の進化のためには【人を育てる。風土を変える!】事業を継続し続けること。目が輝いたイキイキした社員を創造すること。この2つが社長の使命。人生全体で幸せに!公私ともに、直方を担う人材に!と、熱く語った。

<プライベートのこと> 
私の主催するパーティにも、参加してくださいます。「竹林さんの話が魅力的。また、竹林さん呼んでください」と、お会いした人たちがファンになっていく。竹林―~(タケバヤシー~~)の大阪事件のお話から(笑)、東京23区あきらめない制覇物語りまで。竹林ワールドに魅了されるのです☆

さて、自然が大好きな私たちは、『福岡アウトドアの会』を結成しました♪四季折々、海、川、山の自然と、地産地消の食を楽しんでします。多分、九州に在住の私たちより、竹林さんは、九州中を歩いています。先日は、志賀島を7時間かけて、探索しています。さあ、今度はどこでしょうか。